そばにあるだけで、少し安心する。僕が石に込めたい想い

柔らかな光の中に置かれたクマのぬいぐるみと天然石のブレスレット 石織の想い

子どもが、お気に入りのぬいぐるみを抱いて眠る。
出かけるときも、おもちゃを一つ連れていく。

一緒にいると安心するから、そばに置いておきたい。
そんな気持ちは、大人にも分かる気がします。

最近、子どもとおもちゃの関係について考えるきっかけがありました。
僕が作る石も、持つ人にとってそんな存在になれたらいい。

今回は、その気持ちを書いてみようと思います。

同じ物でも、「いつものこれ」がいい

お気に入りのぬいぐるみが、少しくたびれてきたとします。
新しい物の方がきれいで、触り心地もいいかもしれない。

それでも、いつものぬいぐるみを選ぶ子もいるでしょう。

一緒に眠った夜がある。出かけた日がある。
不安なときに抱きしめたことがある。

その子にとっては、そういう時間も含めて「この子」なのかもしれません。

同じ形の物を買ってきても、一緒に過ごした時間までは同じにできない。
だから、物に想いが重なるという感覚は、案外身近なものなのだと思います

大人にも、そばに置いておきたい物がある

大人になっても、似たような物はあると思います。

長く使っている時計。
誰かからもらった小さな物。
旅先で、自分で選んだお土産。

人から見れば何でもない物でも、自分には大切な物がある。

見るたびに昔のことを思い出す物もあれば、
理由はうまく説明できないけれど、持っていると落ち着く物もあるでしょう。

毎日身につける石にも、そんな付き合い方があっていいと思っています。

朝、出かける前に手首につける。
仕事の合間に、ふと目に入る。
帰ってきて、いつもの場所に置く。

そういう何でもない毎日の中で、少しずつ自分の生活になじんでいく。

最初は「色がきれいだから」「なんとなく好きだから」
くらいで選んだ一本でも、長く一緒にいるうちに、
選んだときとは違う大切さが生まれるかもしれません

石を見て、ほっとできる日があっていい

SIORIでは、石を見たときに、自分が大切に
したかった想いを思い出してもらえたら、と考えてきました。

それは今も変わりません。

でも、思い出すたびに「よし、頑張ろう」と
ならなくてもいいと思っています。

疲れていて、今日は何も考えたくない日もある。
前へ進むことより、まず少し落ち着きたいときもある。

そんなときに、手首の石を見て、なんとなくほっとする。

きれいだなと思う。それを選んだときの自分や、
好きだった景色を思い出す。

僕は、そういう時間も大切にしたいです。

子どもがぬいぐるみを抱いて眠るとき、その子に
「それで明日は何を頑張るの?」とは聞かないと思うんです。

そばにあって安心して眠れるなら、それだけでもいい。

大人が大切にする物にも、そういう役割があっていいのではないでしょうか。

届けたあとに、増えていく想い

僕は、使う人の話を聞いて石を選び、一本に仕立てて、山へ持っていきます。
誰かのために作った一本を持って、自分の足で登る。

その時間も含めて届けたい、というのが僕の想いです。

でも、届いた時点では、その石と持ち主の時間は、まだ始まったばかりです。

届いたあと、その石は、仕事に行く日も、
少し緊張する予定がある日も、家族と出かける日も、
何もしない休日も、その人のそばで時間を重ねていきます。

その人のそばで、石も少しずつ日常を重ねていく。

やがて、「あの頃も、これをつけていたな」
と思い出す日が来るかもしれません。

その頃には、僕が届けたときにはなかった意味が、
その一本に増えているのだと思います。

作り手として、それはとても嬉しいことです。

自分が込めた想いの先に、持つ人だけの思い出が続いていくからです。

あなたにとっての、いつもの一本に

何かを決めたいときに、自分の気持ちを思い出せる。
疲れたときには、見て少しほっとできる。

出かける前に、「今日はこれをつけていこう」と自然に手が伸びる。
僕が作る石が、そんなふうに暮らしの中にあったらいいなと思います。

子どもにとっての、お気に入りのぬいぐるみのように。
ほかの人には代わりがきくように見えても、
自分には「これがいい」と思える一本に。

心のよりどころというと、大げさに聞こえるかもしれません。
でも僕が思い浮かべているのは、もっと日常の中にある、小さな安心です。

そばにあるだけで、少し安心する。
そんな一本を、届けたいと思っています。